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~タガの緩んだ桶は底も抜け~

お寺・神社・キリスト教会を自転車で巡り、まずは写真を撮り、さらには、歴史・由来を探るのを趣味としています。

小栗幸夫さんが訴えるもの。

【ソフトカー・ダイアリー】でサイドバーにリンクさせているところ

のブログを書いてらっしゃるのが小栗幸夫さんです。千葉商科大学

教授でいらっしゃいます。管理人が初めて教授に出会ったのは大阪の

とある会場で、でした。はっきり云って教授の話しぶりはつまらない

です。ですが、じっくり核心のところを考えるならば、彼が主張する

ところ、訴えるところ、目指しているものが見えてきます。交通事故

は毎日どこかで起こり、その犠牲で亡くなる方達がいらっしゃいます。

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そうなんです、私を含め、ほとんどの皆さん方は交通事故は残念なが

ら起こる、避けようがない、不幸にも亡くなる方々もいらっしゃると

これは仕方のないことだと思っているのではないでしょうか?否!!

それは実際のところおかしなことなのですが、そう云うものだと思っ

てしまっているだけなのです。保険会社も年間の死傷者を統計的に

割り出して計画を立てています。社会全体が交通死傷者があるものだ

としてデータを組入れています。小栗幸夫教授はそれに気付いていな

い私を含め普通のこの日本の人々に警鐘を鳴らしました。人が車に依

って死ぬことが当たり前の既成事実になってしまっていることにです。

例えは悪いですが、『麻雀に勝つ方法は麻雀をしない事だ』って云い

ます。この論理でいくと、交通事故の犠牲者を無くする方法は、『車

を無くすしかない。』って云うことに尽きます。でも、現実的にはそ

れは不可能なのです。で、小栗教授が考えだされ、普及させようとさ

れているのが、『ソフトカー』なのです。このソフトカーであっても

不幸にも死ぬことは無くても犠牲・負傷者が出るかも知れません。で

も少なくとも『死亡者』はまず出ないだろうと思われます。社会もメ

ーカーも車を運転する私を含め、日本国民すべてが交通事故に依る犠

牲者を出さないような車、ソフトカーを望むようにならなきゃ何時ま

で経っても交通事故に依る犠牲者、交通事故に依って悲しむ遺族が減

ることはないのです。最後に、飲酒したら絶対に車を運転しないで下

さい。